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カルテ(三十五)―遥か昔から存在した心理療法

2010年07月22日

体の不調を感じたら、とりあえず病院にかかる。それが普通だが、病院から手ぶらで帰ることはまずないはずだ。抗生物質に胃腸薬、鎮痛剤など多かれ少なかれ薬を処方される。一方、日本人にとっては「漢方」も似たような印象かもしれない。「漢方=漢方薬」、つまり薬が主役だ。だが本当の漢方の世界はもちろん、これだけにとどまらない。

今回、李さんが語ってくれたカルテの内容もそれを示唆してくれる。主人公は2年も不眠に悩んできた資産家夫人。憂いすぎたのが原因だという。夫人を診察した金元時代の名医、張子和は面白い企みをする。夫人を何とかして怒らせようと、その資産家と結託すると、張子和はその家に居座ってから、大いに飲み食いしたりお金を無心したりした挙句、最後処方箋も出さないで姿を消した。もちろん、夫人はこれに激怒する。だが、不思議なことにその日の夜から夫人には、穏やかな睡眠が訪れ始めた。これ以降、ひどい不眠で悩むことはなくなったそうだ。
 
怒りで憂いを治す、これは五行の相生相克理論に沿った治療法である。「怒り」は肝を傷つけ、「憂い」は脾胃を傷つける(この結果、不眠を招いた)。激しい「怒り」で「憂い」を制することが出来れば、「憂い」がもたらした脾胃の不調も治っていくというのだ。
 
このケースでは、「怒り」という感情、すなわち心理療法を用いたが、毎回そうするわけではない。脾胃が問題ならば、指圧や鍼灸さらには薬など様々なアプローチ方法がある。相手の状況を見極めて、ふさわしい方法を選んでいく。つまり、漢方は我々現代人が考えているよりも、ずっと広くて深い学問なのである。

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