【新唐人2014年12月18日】死刑を執行された内モンゴルの18歳の少年が、18年後の再審で冤罪が晴れ、先日無罪を言い渡されました。一方、中国のもう一つの冤罪事件、「聶樹斌(しょうじゅひん)事件も再び注目を集めています。21歳の聶樹斌さんは1995年、中共高官の臓器移植のために処刑されたとの情報が伝わっています。
中国メデイァの報道によると、河北省の青年、聶樹斌さんは強姦殺人の罪で1995年に死刑執行されました。しかし、事件は多くの疑問点を残しています。
報道によると、尿毒症を患っていた外交部の高官、章含之(しょう がんし)のために、中共の官僚が当時、移植用の腎臓を探していたそうです。結果、聶樹斌さんの臓器がちょうど適合しているのを発見し、速やかに裁判が行われ、即死刑が執行されたとのことです。この期間中、家族は一度も面会を許されなかったそうです。
聶樹斌さんの姉 聶樹慧さん
「面会が許されませんでした。最後まで・・・処刑される直前まで会えませんでした。知らせもなかったです」
聶樹斌さんの死刑執行から10年後、別の事件で逮捕された容疑者、王書金(おう しょきん)が、自分が犯人だと自白しました。
しかし、王の供述は闇に葬られました。聶樹斌事件は臓器狩りと関わりがあるため、覆すのは難しいと言われています。
実際、死刑囚からの臓器奪取は1995年当時から確かに存在していました。ウイグル族の医師、エニウェル・トフティ(Enver Tohti 安華託蒂)さんも、1995年に死刑囚の臓器摘出に関与させられたと証言しました。
ウイグル族の外科医 エニウェル・トフティさん
「処刑場がありました。銃声が鳴ると素早く車で走っていきます。ある人が『これ」』指差すと、我々はその死刑囚を救急車に運び入れました。主任が『肝臓、腎臓を速く摘出して』と言いました」
また、当時腎臓の移植を受けたとされる章含之の娘も、母親は確かに2度腎臓移植を受けていると認めました。しかし、臓器の出どころについて、手術を行った2か所の病院は口を閉ざしています。
このホットな話題は、人々の注意力を再度中国の臓器移植の暗闇に集中させました。2006年、中共当局はそれまでとは打って変わって、移植用の臓器はほとんど死刑囚からだと認め、物議を醸しました。
しかしこの年、生きた法輪功学習者からの臓器狩りが初めて暴露されたことを受け、当局が死刑囚からの臓器摘出を認めたのは法輪功学習者からの臓器狩りを隠すためであると疑われています。
法輪功が迫害追跡調査国際組織 汪志遠さん
「1999年以降、中国では毎年1万件の移植が行われています。しかし アムネスティの記録によると、2000年〜2005年の間、死刑囚の人数は毎年平均1616人です。臓器移植の適合率は非常に低く、死刑囚の数もこれしかないのです。この数では足りないのです。なのに、臓器はどこから?答えは一つです。つまり1999年以降から法輪功への迫害が始まり、全国範囲でジェノサイドが行われているのです」
聶樹斌事件は今年12月になってようやく再審に入りました。しかし、臓器狩りと関わりを持つ事件であるため、真相が明かされるかどうか、結果が出るまで観察するしかありません。
新唐人テレビがお伝えしました。
http://www.ntdtv.com/xtr/b5/2014/12/18/a1162157.html (中国語)
(翻訳/坂本 ナレーター/萩野 映像編集/李)