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中国の「民主の村」烏坎、再び風雲を巻き起こす【微視頻】

2016年06月22日

【新唐人2016年6月21日】

6月17日、広東省陸豊市烏坎(うかん)村で村長の林祖恋氏が強制連行され、村民はこれに抗議しました。5年間ひっそりと静まりかえっていた烏坎村は再びメディアの注目を浴びています。では、ここ5年間烏坎で起きたことについてご説明しましょう。

 

広東省陸豊市烏坎村の村民は、村民委員会の幹部が勝手に村の土地を開発業者に売却した後、村民に対して合理的な補償をしなかったことに対して、2011年9月から抗議を始め、中国共産党の武装警官と村民の間には何回も激しい衝突が発生し、烏坎の民衆は中国共産党政府の村委員会を追い払い、「烏坎村民臨時代表理事会」を成立しました。12月9日より、村民は毎日村の演劇ステージの前で集会を開催し、陸豊市政府ビルのある通りの路上で警察に対峙し、烏坎村の主要道路はすべて双方によりバリケードが設置されました。

 

この期間において、烏坎は自治状態だったのです。

 

 12月9日、村民代表の薛錦波(せつ きんぱ)氏など5人が公安に捕まり、三日後、薛氏は監禁中に死亡。中国政府は死亡原因を心臓病としましたが、薛氏の娘は「父は心臓病を患ったことがない」と言い、薛氏の遺体には外傷がありました。この薛錦波氏の死亡は烏坎を国際社会へ押し出しました。12月20日、広東省政府は烏坎に代表を派遣し、村民理事会と話し合い、烏坎の村民理事会は最終的に妥協し、その結果、烏坎の中国政府の村支部と村委員会を改選することになりました。そして林祖恋氏が村支部書記と村委員会の主任に選ばれました。

 

しかし、はっきり言うと、これは中国政府が再度、烏坎を接収し改編したのであり、烏坎民衆の土地に対する訴えは解決されず、当時、政府に抗議した人は相次ぎ報復されました。2014年、村民代表の1人である庄烈宏(しょう れっこう)氏夫妻はアメリカに逃亡し政治保護を求め、当選した村委員会の副主任・洪鋭潮(こう えいちょう)氏と楊色茂(よう しきも)氏は「収賄罪」で刑を言い渡されました。

 

土地を取り戻すため、林祖恋氏は今年6月19日に村民大会を開き、6月21日に集団陳情実施の表決をする予定でしたが、中国政府は先手を打ち、6月17日に林氏を「収賄罪」で連行しました。しかし、2000人の村民は予定通り19日に大会を開き、政府は無人機でこれを監視しました。大会後、3000人以上の村民はパレードを行なって林氏の釈放を要求し、中国政府は大量の警官を烏坎に派遣して鎮圧しようとし、烏坎で再び風雲が巻き起こりました。

 

烏坎の風雲から私たちは2つの啓示が得られます。ひとつは、中国民主化の必要条件は共産党崩壊であることです。2012年、多くの人は烏坎村民の選挙は民主の勝利だと歓呼しました。しかし、彼らは共産党のやり口を忘れていました。民主と独裁は統治形式が異なるだけであり、烏坎民衆が自分たちの利益を代表する村委員を選んだことは、単に共産党の引き延ばし策であり、共産党は民衆を自分の制御下に置いてから、ゆっくりと処罰するのです。中国の民主化には必ず共産党の崩壊が必須なのです。共産党からの脱退こそ、中国問題を解決する第一歩なのです。

 

 二つ目は、共産党と妥協して、共存の考え方を抱くことは自分を害するだけだということです。この点は林氏とその他の村民委員の処遇がすでに証明しており、彼らは共産党に「反中国」、「敵対勢力」という罪を負わされたくないため妥協し、共産党統治を支持する代価として自分の利益を手に入れようと空想しましたが、結果はただ報復されただけで、共産党に首を締められました。つまり共産党を放棄する覚悟がなければ活路を見い出すことはできず、さもなければ陳情してもただ再び騙されるだけなのです。

 

http://www.ntdtv.com/xtr/gb/2016/06/20/a1272226.html(中国語)

(翻訳/廉 映像編集/李)

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