【新唐人日本2010年12月26日付ニュース】中国では、カンヌ国際映画祭のグランプリ受賞俳優、姜文が監督した“譲子弾飛(Let The Bullets Fly)(原題)”が人気だ。子弾”ではなく“砲弾”を韓国に放った北朝鮮は今、世界の関心を集めているが、最近の脅し文句の多くは肩透かしに終わっている。実弾演習を予定していた韓国に対し、北朝鮮は事前に何度も、報復活動を暗示していた。韓国はそれに意を介さず、予定通りに12月20日演習を実施。なんの行動も起こさなかった北朝鮮は、“反撃に値しない”と強がった。
最近、北朝鮮の態度が180度転換した。これは何よりも、北朝鮮の進退窮まる苦しい状況を象徴する。戦争に踏み切ると叫んでいたのに、韓国実弾演習の当日、国際原子力機関の査察や燃料棒12,000本の売却、さらには米国ニューメキシコ州知事リチャードソン氏の提案――米韓北朝鮮の3国で軍事委員会を作り、韓国と北朝鮮の間の軍事ホットラインの開設の検討などに同意したのだった。
態度を突然軟化させた北朝鮮に対し、米韓は冷淡だった。米当局は、北朝鮮の行動に基づき政策を決めると発表。何よりも肝心なのは、これまでに約束した各協定内容をきちんと守ることだと強調した。一方の韓国は、北朝鮮の非核化への意思は、その実践と誠意を見たいと述べた。たとえ、北朝鮮が国際的な査察を受け入れるにせよ、その活動範囲などから総合的に判断したいという。これと同時に、韓国は23日から日本海東部で3日間の機動演習を実施。陸空軍は24日、北朝鮮と国境を接する抱川市などでも最大規模の総合攻撃演習を行う。
今回の危機は、一触即発の危機から何とか最悪の事態は免れた。あれほど戦争も辞さないと強硬だった北朝鮮は態度を軟化させたが、その変化に多くの方は戸惑いを隠せないだろう。何が北朝鮮をこれほどまでに及び腰にさせたのだろうか。
まず、北朝鮮の激しい変化は、中国共産党にとって必要である。共産党にとって必要であれば、北朝鮮はいつでももめごとを起こせる。同時にいつでもそれを鎮めさせられる。北朝鮮は表面上いささかも理性がないようだが、きちんとした法則がある。つまり、中国共産党に絶対服従なのだ。共産党が自首するよう命じれば、北朝鮮は自首するし、共産党が大人しくしろと命じれば、北朝鮮は大人しくなる。北朝鮮の行動は時に、情理にかなわず、自分の利益にそぐわないことすらあるようだが、細かく分析してみると、その行動は中国共産党の利益にそぐうのだ。つまり北朝鮮の動向を探るには、中国共産党を理解することがカギになる。
本来、今回中国は北朝鮮の砲撃事件を通じ、米国に再度、6者協議の主導権を中国に渡すよう求め、同時に日米韓ASEANの同盟の圧力の軽減も狙った。さらに金正恩後継体制を支持することで、北朝鮮を抱き込もうとした。しかし米韓はこれに乗ってこなかった。逆に軍事演習を連発し、日米韓同盟を強め、6者協議の拒否などで応じた。中国の思惑は外れ、収拾がつかなくなってしまい、米国は胡錦濤国家主席の訪米取り消しさえ検討したとほのめかしたという。
12月6日オバマ大統領は胡錦濤国家主席と電話会談を実施。中国がもし北朝鮮に有効な対抗措置をとらないならば、米国には考えがあると伝えた。オバマのこの話は外交辞令ではなく、実力を盾にした警告であった。すなわちこれは、来年1月胡錦濤主席の訪米に不利な影響をもたらすことを意味する。このような状況下で、中国は外交事実上トップの戴秉国を北朝鮮に送らざるを得なくなった。挑発行為をやめて、核武装では表面的な譲歩をのむことを北朝鮮に説得することで、胡主席の訪米をスムーズに行うためである。というのも主席の訪米によりイメージアップを図れるかが、共産党内の権力闘争や共産党統治の安定(表面的なものではあるが)に直結するのだ。これこそ、傲慢だった北朝鮮が突如軟化した原因である。
次に、北朝鮮と中国共産党は、弱いものいじめをするが、強者を恐れるという特徴がある。今回米韓が強大な力を誇示し、戦争さえ辞さない姿勢を見せると、北朝鮮と中国はたちまち腰が引けてしまった。
11月末、米空母“ジョージ・ワシントン”は、中国の“飽和攻撃”という脅しを押し切り、黄海で行われた米韓軍事演習に登場。これは強い応戦の姿勢である。その後、韓国の大延坪島での実弾演習を支持した米国は、“ジョージ・ワシントン”以外に、西大西洋に空母“カール・ヴィンソン”を派遣。さらに空母“ロナルド・レーガン”も西太平洋向かわせると発表した。非戦争時に3隻もの空母を同じ海域に派遣するとは、ただごとではない。通常の見方では、空母1隻は戦略的な威嚇を狙い、2隻だと戦争の準備、3隻か3隻以上だと作戦の準備だといわれる。
米韓も具体的な防衛戦略を定めた。もし北朝鮮が再度挑発行為をするのなら、米韓は同盟国として“断固として強力に反撃する”と両国は発表し、具体的な措置を行った。韓国はソウルに十分な防空と避難準備をしたほか、先日は初めて全国的な避難訓練を実施。これにより、侵略に対する断固とした決意と力を示した。韓国の研究報告書によると、もし北朝鮮が全面戦争を仕掛ければ、米韓の戦闘能力は、開戦から3日で、軍事境界線付近の北朝鮮の戦闘力の8割を消滅させられるうえ、5日以内で北朝鮮の領空全体を制御できるという。
特筆すべきなのは、大延坪島砲撃事件以来、韓国社会の北朝鮮への見方に大きな変化が生じたことだ。韓国人は以前、北朝鮮に対し、かなり同情的であったが、砲撃事件の後、韓国人は北朝鮮の侵略に対し、強硬な態度で望むよう政府に求める傾向が強まった。李明博政権の防衛戦略は、民衆の間で高まった反侵略意識の表れなのである。
米韓が実質的な応戦をほのめかすと、軍事力では米に及ばないと分かっている中国は、軍事で真っ向から対抗する度胸がなかったため、北朝鮮に撤退を命じたのだった。
最後、北朝鮮の一貫した嘘とみじんも誠意のないやり方に、米韓は北朝鮮と会談をやる気もうせてしまった。そこで、日米韓は北朝鮮と中国に対して、強硬な政策に出たのである。今回、米韓は“北朝鮮が約束を守らないのなら、絶対に会談はしない”という強い態度に出た。これでは中国も、調停するふりをする機会さえなくなってしまう。北朝鮮に屈服させるしか選択は残されていなかった。
北朝鮮は85年末に、“核拡散防止条約”に加盟し、韓国とは91年に“朝鮮半島非核化共同宣言”に署名。92年には、“核安全協定”にも署名し、国際原子力機関の査察の受け入れに同意した。しかし93年、北朝鮮はこの約束を破ったうえ、“核拡散防止条約”の撤退を宣言。ただ、この後北朝鮮は態度を和らげ、94年10月、スイス・ジュネーブで“米朝核枠組み合意”に署名した。94年10月から2002年10月までの8年間で、米国は北朝鮮との枠組み合意を実施していたものの、北朝鮮は影で共産党の支援を受けて核武装を進めていた。2002年10月、北朝鮮は突如、米国に対し、秘密裏に核計画を復活させ核兵器も所有していると通告。さらに2003年1月“核拡散防止条約”からの撤退を公言した。米国はここから北朝鮮がならず者国家だと再認識し始める。
米国は2003年からの6者会談で、何度となくだまされてきた。北朝鮮は交渉を阻害したばかりか、しょっちゅう言い分を変えて、会議の成果をぶち壊しにした。例えば2005年第4回の会談は、最初から順調ではなかった。苦しい交渉を経てようやく合意に達した“9.19共同声明”では、北朝鮮はすべての核兵器と今ある核計画を放棄して、出来るだけ早く“核拡散防止条約”に戻り、国際原子力機関の査察も受け入れると約束。しかし、翌日の9月20日には、北朝鮮は突如前言を翻し、“9.19共同声明”を歪曲した。北朝鮮は米国が軽水炉を提供したあとに、“核拡散防止条約”に戻り、国際原子力機関の査察も受け入れると言い放ったのだ。北朝鮮のこの恥知らずな行為に、米国から直ちに反発した。
長年、北朝鮮と渡り合ってきて、米韓はようやく6者会談はすでに中国と北朝鮮のパフォーマンスの舞台であり、外交利益を得るための道具と化してしまったことに気づく。ホワイトハウスの報道官は、米国は単純には、会談の目的のために部屋を借りて6者会談をすることはないと述べた。つまり、北朝鮮が自分の行動を変えたいという誠意を見せなければ、会談は再開しないという。したがって、米韓は今回一貫して、北朝鮮がこれまでの約束を守るまでは新たな会談を開かないという断固とした態度で臨んだ。これにより、中国と北朝鮮は6者会談で嘘を駆使するのがこれまでになく困難になった。そして、嘘とゆすりが通用しなくなったとき、中国は北朝鮮に頭を下げ譲歩するよう迫るのである。
“大紀元中国語版”より転載
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