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被災地復興へ険しい道のり

2011年03月20日
被災地復興へ険しい道のり

【新唐人日本2011年3月21日付ニュース】11日の東日本大震災から1週間余り。地元住民は自宅の再建に取り組み始めているものの、生活の再建にはいまだに多くの困難が待ち構えている。では、被災地の様子を見てみよう。

 
3月11日の地震と10メートルを超す津波は、東北地方沿岸を中心に牙をむいた。死者も3月21日午前9時現在で、8,648人。経済学者の推測では、災害後の復興費用は2000億ドル、日本円で約16兆円に上るとみられる。目下、日本の国債額は累計で国内総生産の2倍、900兆円強。救援と復興のほか、日本は今、地震で被害を受けた原発事故の対応というかつてない試練に見舞われている。実際、放出された放射性物質はすでに、付近へ拡散し、規制値を超えた牛乳やほうれん草が発見された。
 
警察庁の報告によると、いまだに12,877人の安否が確認できていない。一部の生存者は、行方のつかめていない家族を探すため、家の片づけすらとりかかれないでいる。
 
生存者 小笠原聡さん
「昨日から片付けを始めましたが、まともにできません。兄がまだ行方不明なので、探しに行かないと。手を休めて待つしかないです」
 
自衛隊はすでに被災地に派遣され、救援活動で重要な役割を果たしている。外務省のデータによると、3月19日までで、128の国と33の国際組織が援助を提供。氷点下の寒さに凍える被災者に衣服、毛布を渡したほか、財政援助は1,000万ドル(約8億円)に上った。
 
それでも、2004年のスマトラ沖大地震の規模と比べると、外国からの援助は極めて少ない。当時、地震・津波発生後8週間以内で、各国政府、援助組織、企業、個人は80億~90億ドル(現在のレートで約6500億円)の救済援助金を約束した。
 
現在被災地の状況は、徐々に改善の兆しが見えている。ボランティアや地元住民は、行き場を失った被災者のために生活必需品を提供。しかし、地震で止まってしまった被災地の電気や水は、まだ復旧していない。
 
地元住民は、今回の津波は100年ぶりの規模だと口をそろえる、しかも、低迷する経済の中での再建事業は、険しい道のりが予想される。この地震と津波による死者は、すでに1995年の阪神大震災の6,434人を超えた。
 
最も被害のひどかった地域の一つ、大槌町はほぼ丸ごと津波に呑みこまれ、1万7,000人の住民のうち、半分の安否が不明。家屋、建物、町立病院は壊滅的な打撃を受けた。生存者が身を寄せる避難所では、食料と水が不足しているが、実際、東北地方の沿岸の村や町の多くは、大槌町と同じような境遇にある。

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