【新唐人2009年9月22日付ニュース】「覇王別姫」(はおうべっき)はチェン・カイコー(陳 凱歌)監督の中共の文革を見直した作品で、カンヌ国際映画祭の大賞を受賞したが、当時中国では放映禁止となった。映画は、民国時代から日本占領時代、共産党時代の三つの時代を生き抜いた「覇王(はおう)と虞姫(ぐき)」の運命を描いたが、果たして彼らの運命は?
京劇「覇王別姫」の覇王を演じる段小楼と虞姫(ぐき)を演じる程蝶衣。シナリオの中で最終的に段小楼の妻になるのは娼婦の菊仙(きくせん)。
張豊毅(ヂャン・フォンイー)が演じる段小楼は、民国初期の重鎮・袁四爺〈ウェン スーイェ〉 および後の日本人や兵隊達に対しても西楚(せいそ)の覇王-項羽(こう う)の気骨を貫く。彼は袁四爺(ウェン スーイェ〉や日本人の要請を拒み、日本人の前で歌わないために、舞台から離れる。
レスリー・チャン(張國榮)が演じる程蝶衣は民国および日本人時代に人生の失意と苦難を経験する。段小楼が表わした「楚の覇王」の気骨は、程蝶衣が苦難の中で演劇を習い、生き続ける精神的支えであった。
ストーリーのクライマックスは中共が発動した文化大革命時期の紅衛兵(こうえいへい)による批判闘争の場面。(民国時代、日本人占領時代の)苦難を生き抜いてきた、頭をさげることを知らなかった「楚の覇王」-段小楼が、紅衛兵の批判闘争についに倒れる。段小楼は程蝶衣を摘発し始める。
程蝶衣は菊仙が娼婦だったことを摘発。すると、今まで菊仙をかまってきた段小楼がなんと、彼女には愛がない、一線を画すと言う。菊仙は死をもって自分の意志を貫く。
文革の中、弟子の背信と一貫して気骨のあった楚の覇王の跪きを目の当たりにした程蝶衣は、ついに、人生に対する希望を断つ。リハーサルの時、虞姫(ぐき)をまね、本物の剣で自決する。
では、程蝶衣のあの時代への訴えを聞いてみよう。
「今日のあなたは乱れた小人、災いは天から落ちて来た。違う!違う!私たちが一歩一歩、ここまで来てしまった。報いだ!私はとっくにまともじゃなかった。しかし楚の覇王のあなたまでが跪くなんて!京劇が滅びないはずがない!滅びるとも!報い!報いが来た!」
「九評共産党」にはこのように書かれている。「肉親の情は自然的なものであり、夫婦、子女、父母、友人といった人と人との正常な交際によって社会が構成されている。しかし中国共産党は人を狼に変え、さらに残忍なものに変えた。虎は残忍だとはいえ、わが子を食わないが、中共の統治下では、家族や友人間であっても、互いに誤りを暴きだし、親族関係を断つといったことが、どこにでも見られた。」