【新唐人2012年12月12日付ニュース】12月7日、中国共産党総書記・習近平氏が就任後の初の視察に広東省深セン市を訪れました。しかし、共産党メディアによる大々的な報道は見られませんでした。海外メディアは習総書記の今回の視察を20年前の鄧小平の“南巡講話”と比較し、習氏の真の意図を憶測しています。一方、完全引退後貴州省を訪問した胡錦涛前主席の“告別の旅”を含め、これらの一連の行動は、共産党の対外的な宣伝のために必要なパフォーマンスに過ぎないとの分析もあります。
香港メディアによると、7日夜に深セン入りした習総書記は市内の経済開発区やインターネット企業騰訊(テンセント)の本社を視察。8日午前には、蓮花山公園の鄧小平像前で献花し、植樹を行いました。
習近平総書記が就任後の初の訪問地として、当局が改革開放のシンボルとして称えてきた広東省を選んだことは、外界の様々な憶測を呼んでいます。香港の“明報”によると、1992年、鄧小平が“深セン経済特区”を設立し、3回視察に訪れました。1992年、鄧小平は深センなどを視察し、“南巡講話”を発表し、経済建設を核心とするいわゆる“改革開放路線”を打ち出しました。この事からも深センは鄧小平と切り離せない関係にあると言えます。習氏はその鄧小平像に献花することで、鄧小平の路線を継承し、改革開放路線を推進して行く姿勢を示しているのです。
ニューヨーク民主大学の唐柏橋学長は、習氏がこの先鄧小平路線を堅持したところで、中国の現状を根本的に変えるのは無理だと示します。
NY「民主大学」 唐柏橋学長
「たとえ今体制を変え、国務院を20数の部から10数の部に変え、他の党派に副市長や副省長をやらせ、体制内で選挙を行ったとしても、中共は相変わらず法輪功を迫害し、異見人士を弾圧します」
唐さんは、鄧小平は人民を虐殺した殺人鬼でありながら、改革開放路線の確立によってさらに中国国民を騙していると示します。
NY「民主大学」 唐柏橋学長
「彼は狡猾な手段で共産党の独裁統治を延命し、人民を騙し、コントロールしています。一方では人民に対し、略奪や鎮圧を行いながら一方では『糖衣でくるんだ砲弾』を与え、夢を抱かせ、『美しい未来』を幻想させるのです」
先月の第18回共産党大会で胡錦涛前主席は、中国は“古い路線も歩まなければ、邪道も歩まない”と宣言しました。外界はこれを中国共産党の政治改革に対する拒絶とみており、“政治は左、経済は右”の路線推進の宣言であると見ています。
12月1日から6日まで、胡錦涛前主席は貴州省遵義(じゅんぎ)市を訪問。貴州省は胡氏がかつて3年間務めたことのあるゆかりの地です。完全引退後の初の訪問地を貴州省に選び、別れを告げました。しかしこの“告別の旅”を、共産党メディアは12月6日になってようやく報道。
NY「民主大学」 唐柏橋学長
「共産党は外部に対して言い方を統一しています。国際社会に見せるためです。胡錦涛が遵義に行ったのは国内に見せるためです。国際社会の基準のほうが中国政府より遥かに高いからです」
唐さんはまた、独裁政権の解体は国際的な流れとなっており、ミャンマーやベトナムなどでさえ民主的変革が行われているのに、中国共産党だけはその兆しが全くないとし、共産党官僚にとって唯一の出口は、人民の所に帰ることだと指摘します。
NY「民主大学」 唐柏橋学長
「『人民の所に帰る』とはミャンマーの大統領、テイン・セインのように政治犯を釈放し、スーチーさんに自由を与え、人民に自由選挙や言論の自由を許し、海外の異見者の帰国を歓迎することです」
唐さんは、国際社会からも取り残されている中国共産党は、国民によって淘汰される運命に直面していると強調します。
新唐人テレビがお伝えしました。
(翻訳/坂本 ナレーター/大口 映像編集/工)