【新唐人2013年1月3日付ニュース】重慶市の官僚、王立軍が米国領事館へ駆け込んだことで、かつての“政治スター”薄熙来は囚人に成り果てました。これより、2012年中国共産党政界の仰天黒幕の幕開けとなります。十大禁聞のはじめは、中南海に前代未聞の激震を走らせた王立軍・薄煕来事件です。
昨年2月6日、前重慶市副市長で公安局長の王立軍は元重慶市委員会書記・薄煕来に暗殺されることを恐れ、機密情報を携えて車で300キロの距離を疾走し、四川省成都市の米国領事館へ駆け込み、政治的庇護を求めました。慌てた薄煕来がパトカー70台で米国領事館を包囲したニュースは国内外を沸き立たせました。
王立軍はその後、中国公安部国内安全保衛局職員によって北京へ連れて行かれ、何ヶ月も行方不明になります。その間、海外メディアは、王立軍手中の機密情報には、薄煕来と周永康が習近平失脚を企て、政変を画策していた証拠も含まれていると盛んに報じます。
3月14日、全人代の閉幕記者会見の際、温家宝首相は薄煕来の” 腐敗を叩き毛沢東を称賛する(打黒唱紅)“運動は文化大革命式の考えであると徹底的に否定。また強硬な言葉で重慶事件の徹底調査を表明しました。
その翌日、新華社は、共産党中央が王立軍の重慶市副市長の職務を解任し、薄煕来も重慶市委員会書記、常務委員、委員をこれ以上兼任させないことを決定したと発表。
4月10日、新華社は薄煕来の妻・谷開来と薄家の使用人・張暁軍がイギリス人実業家ニール・ヘイウッド氏殺害の容疑で、すでに司法機関へ移送されたと発表。同時に、薄煕来に対しては”深刻な規律違反”で立件調査を決定したと発表。
4ヶ月後さらに、薄煕来夫妻が生きた法輪功学習者からの臓器奪取および遺体販売に参与したと、海外メディアによって全面暴露。
8月9日、谷開来は安徽省合肥市で裁判に出廷。すぐに死刑執行猶予の判決が下されました。9月17日、王立軍の裁判が成都市で行われ、その後懲役15年の判決が言い渡されました。
9月28日、新華社は中央規律検査委員会の“薄煕来の深刻な規律違反事件に関する審査報告”を発表。薄煕来は党籍と公職を剥奪され、司法機関へ移送されました。これにより、外部から十八大で政治局常務委員会入りを有力視されていた薄煕来の政治人生に、正式にピリオドが打たれました。
新唐人テレビがお伝えしました。
(翻訳/赤平 編集/坂本 ナレーター/村上 映像編集/工)