「舌を巻く」「舌が回る」「舌鼓を打つ」など、舌にまつわる言葉は豊富だ。舌が我々にとって身近なゆえであろう。では、「舌を見て、心(こころ)の病を言い当てた医者がいる」と聞いたらどうか?なんとも不思議な話だが、紛れもない事実なのである。
今回のカルテのテーマはずばり「舌」。主人公は、舌に真っ直ぐな裂け目があった。漢方医はこの裂け目を見た後、患者にこう告げる。「長年、心が晴れなかったことでしょう」
この診断に患者は驚きを隠せない。というのも彼の両親は、彼が幼いころに離婚。これがずっと彼のトラウマになっていたのである。医者から「もうその心の重荷は捨てなさい」とアドバイスされ、ようやく彼の心は癒されたのであった。
興味をそそられるのが、この漢方医が彼のトラウマを見抜いた点である。彼に尋ねたわけでもなく、彼のカルテを見たわけでもない。診断のカギはほかでもない、「舌」である。
実は漢方には「五臓(肝心脾肺腎)の状態は、体の穴の開いたところに表れる」という言い方がある。つまり、
目が表すのは肝
舌が表すのは心(しん)
唇が表すのは脾
鼻が表すのは肺
耳が表すのは腎
この患者の場合は、舌に真っ直ぐの長い裂け目があった。漢方に照らせば、これは彼の心(しん)の裂け目を象徴している。漢方の心(しん)とは、心臓以外に気持ちも指す。つまり、彼の心には長い間、引き裂かれるようなつらい思いが存在していた。漢方医はこうして、彼のトラウマを見抜いたのである。
ところで、漢方の診断法については、こんな言葉が残っている。
「望(見て)分かれば神、聞(匂いや声)で分かれば聖、問(問診)で分かれば工、切(脈診)で分かれば巧」
これに従うと、先の舌を見て診断を下した漢方医は、最も優れた医者ということになる。
今ではレントゲンやCT など、体内を映し出せる先進機器が豊富になったが、昔は違う。人間の目だけが頼りだった。そんな中、患者の内蔵から気持ちまでを診断できたのである。これは恐らく、医術にたけているほかに、人としての徳、すなわち「医徳」を積んだ賜物(たまもの)かもしれない。だからこそ、「望(見て)分かれば神」、つまり偉大かつ尊敬を受ける最高の医者なのであろう。