今回李さんが紹介するのは、金元四大家の名医のひとり、張子和が診たというカルテだ。ある官僚夫人は、とにかく怒りっぽく暴言が耐えなかった。しかも食欲がない。病気なのかそうでないのか、病気なら一体何なのか。張子和はまずその答えを出す前に、ユニークなことを仕掛ける。女性を呼んでへんてこりんな厚化粧をさせたり、相撲を取らせたり、あるいは大食いの女性を招待したり……。これを見て大笑いした夫人は、気付くと長年悩まされていた食欲不振などの症状が消えていたという。
「笑いで病気を治す」。これは昨今よく聞く言葉だ。一部の病院や医師もこれを取り入れ、しかも確かに一定の効果を上げているらしい。心から笑うことによって、免疫力が上がったり、ホルモン分泌が正常になったり、交感神経の過度な興奮が抑えられるのが原因だ。
ただし、今回取り上げた症例は「大笑い」である。つまり、通常の笑いを超えた過度の笑いで、いわゆる「歓喜心」だ。実は漢方では、歓喜心などの七情は体を傷つけるととらえる。過度な喜・怒・憂・思・悲・恐・驚という感情は、五臓六腑を傷つけるのである。このカルテの夫人は元々怒りっぽい性質だったので、肝が傷ついていた(怒りは肝を傷つける)。実は肝と心(しん)は母子の関係にある。肝が母で、心が子である。一方漢方には「多ければ、子から除く」という言い方もあるので、今回は心つまり、「喜」にアプローチをしたのだ。つまり、五行の相生相克理論の活用である。
心理療法というと、現代ようやく発展したかの印象があるが、実は遥か昔の中国ではすでに行われていたのだ。ただし、それを心理療法だとは意識していなかっただろう。 漢方では、心と体を切り離すことはないので、診察の際、心を診ることはごく当たり前だったからだ。