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カルテ(二十)―傅山が名医と言われるゆえん

2010年03月29日

腹が立つ、はらわたが煮えくり返る、腹の虫が収まらない、など「怒り」を「腹」などで表す言葉は実に豊富だ。怒ることを中国語では「生気」と表現するが、なぜ日本語では「腹」を用いるのか。本日のカルテをのぞくと、そこにヒントを見出せるかもしれない。 

本日のカルテは、明の末期から清の初期にかけて生きた傅山(ふざん)の逸話だ。傅山は詩や書に長ける文人として有名だが、医学にも精通していた。この傅山はある時、鼓腸(こちょう)にかかった女性を診る。彼女は賭博好きの夫に頭を悩ませていた。そこで何度も賭博をやめるよう、夫を諭すのだが、夫は逆にかんしゃくを起こし彼女を殴ってしまう。彼女はこれに怒った末、鼓腸になったのであった。
 
現代医学で解釈すれば、怒りは交感神経の興奮を招く。すると消化機能が上手く働かなくなり、お腹にガスがたまってしまう。これが鼓腸である。
 
なるほど、「怒り」と「腹」は確かに切り離せない関係にある。医学の立場から見ても、これは理にかなっているのだ。ただ同時に、この症例で傅山が出した処方箋も忘れてはならない。
 
傅山は彼女を診た後、ふと庭に行き薬草を取ってくると、夫にこう告げる。「1日3~4回、妻の薬をコトコト煎じなさい。にっこりと優しい笑みを浮かべて。薬を煎じ終えたら、これを一口ずつそっと妻の口に運ぶのです。やはり微笑を浮かべて」。夫が傅山の言い付け通りにすると、確かに妻はたちまち回復したのだった。
 
実の所、傅山が無造作に取ってきたこの薬草は単なる野草で、何の薬効もなかったのかもしれない。肝心なのは、夫が彼女のために献身的に立ち働く、この点であった。というのも、夫の粗暴な行為とわがままこそが彼女の病を招いたからだ。つまり、傅山は病の源を治す手助けをしたのである。
 
この傅山の処方のすごいところは、単に病気を治しただけでなく、これからまた起こりうる病気をも防いだ点だ。夫が妻への思いやりの心を取り戻し、夫婦のきずなが戻るのならば、再び妻がこの病気に悩むこともない。これはすなわち、「上工治未病、中工治已病」。傅山が名医と言われるゆえんも、まさにここにあるのだろう。
 

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